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北山猛邦「オルゴーリェンヌ」

読書

 書物が禁止された世界で旅を続ける英国人の少年クリスは検閲官に追われる少女ユユと出会う。ユユと共に逃げ窮地に陥ったクリスを救ったのは書物を駆逐するための英才教育を受けた「少年検閲官」であるエノだった……。
 これまでの北山作品の集大成となる傑作。そろそろ出ると言われてはや数年、結局八年近く待たされてしまったけれどそれだけ待った甲斐がありました。
 読み始めてまず思ったのは「北山さん小説上手くなったよなあ」(お前、何様だよ)。序章ならぬ序奏のオルゴール職人と少女の童話のような幻想的で繊細、そして残酷な物語に引き込まれてこれだけでも読んでよかったと思うほど魅了されました。
 前作の「少年検閲官」を読んだときもそれまでの書き割りめいた世界観と登場人物(それはそれで作り物めいた雰囲気が強まって嫌いではなかったけれど)が厚みを増して描かれていて驚きましたが、まだキャリアを積んでいなかった前作はともかく十年選手になってさらに一皮むけた姿が見られたのが嬉しかったです。
 北山作品の中では初期のような終末的で死の匂いがする世界を舞台に大掛かりなトリックが炸裂する作品が好きなので、「音野」や「猫柳」といったコミカルなシリーズや「星座」(の一部)のように日常に根差したもの、さらには「人外境」(の一部)のようにミステリから距離を置いた作品を読むたびに面白いけれど個人的に求めるものとの差があってもどかしかったのですが、これらの作品を書いたことで文章力が磨かれたのだなと思うとまとめて評価が上がりました(笑)。


 序奏だけでなく、全体が破滅を前にした幻想的で儚い美しさに貫かれていて、様々な形で登場するオルゴールの造形や音色はもちろん中盤で訪れる廃墟群にある泉や後半に登場するある物など視覚的・聴覚的に美しいイメージが広がる道具立てに魅了されたし、そういった雰囲気や世界観が北山作品らしい謎と大掛かりなトリックに結びついていて、特に密室トリックは絵の美しさが衝撃でした。
 他にもこの設定・シリーズならではの仕掛けが多数用意されていて、それだけでなく世界観とトリック・プロットが結びついているのと同じようにとミステリとしての仕掛けとシリーズを通して描かれるクリスの物語が結びつきも強く、それぞれが密接であることで余韻が深くなり事件を通して成長するクリスの姿により感情移入できました。

 この小説の中で一番良かったのがヒロインのユユで幻想的で儚く美しい世界観を体現していて守ってあげたいけれど触れたら壊れそうな危うさが魅力的で、初期作の某登場人物のセルフオマージュのような設定だったのも印象的でした。ユユとクリスの交流がセンシティブで切なくて、やはり幻想的な儚い美しさがあって素晴らしい。反面、舞台になるカリヨン邸の住人がステレオタイプといえばステレオタイプ揃いだったのが気になりましたが、女性職人のミウの明るさには重い雰囲気の中で救われました。


 書物もミステリも禁じられた世界でミステリ作家を目指すクリスと心を持たない検閲官であるエノの行く末がどのようなものか非常に気になる(前に三部作と構想していると聴いたけれどどうだったっけ?)。何年先になるかわからないけれど、完結までしっかり見届けます。