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相沢沙呼「小説の神様」

読書

小説の神様 (講談社タイガ)

小説の神様 (講談社タイガ)

 この春から高校二年生になった千谷一也は中学生で小説家としてデビューするも、売り上げは振るわずレビューサイトでは酷評続きで苦悩する日々。ある日、一也と同時期にデビューした美少女、小余綾詩凪が転校してくる。出会って早々に小説観の違いで仲たがいをした二人だったが、共通の編集者である河埜さんから合作を持ちかけられる……。



 一言で感想を言うなら傑作。でも、どうして傑作と感じたかを説明するとかなり回りくどくなってしまう。


 相沢さんのことを知らずにこの小説を読んでも、丁寧な心理描写で感情移入して登場人物の苦悩と成長が胸に残る傑作だと思っただろうけれど、僕が傑作だと思ったのは相沢沙呼への思い入れが無視できない。作者の小説外での言動と作品の感想は関係ないことではあるのですが、相沢沙呼を、というか相沢沙呼twitterを知っているかどうかで同じ「傑作」でもそこに込める気持ちがだいぶ違っている。というか、本当は安易にラベリングするようで「傑作」で納めたくないのだけれど、他に適切な言葉が見つからないことすごく歯がゆい。


 売上の少なさやネットでの酷評に落胆してダメージを受け、売れている作家への羨望と焦燥を吐き出す一也の姿は鬱ツイートするときの相沢さんそのもので――前に「スキュラ&カリュブディス」の感想を書いた(それがよりにもよって清原さんにリツイートされた)直後に「新刊が酷評されて落ち込んだ」とツイートされていたので、なにか誤解されることをを書いてしまったのかとあわてて弁明したらまったくの勘違いで死にたくなったことはつい昨日のように思い出されるし、書いている今もその時のことを思い出して軽く死にたくなってきましたが閑話休題――個人的に「あまりこういうネガティブなことは表に出さない方が……」と(勝手に)心配しつつも「こういうことを表に出す人だからこそ、相沢作品の魅力である傷つき屈折しながら立ち向かう切実で繊細な心理描写を出せるんだよな」と、相沢作品(こと男主人公の作品)で冴えない学生時代を成仏させてもらい冴えない人生を生き抜く勇気を与えてもらっている身としては「どうしても嫌いになれないんだよなあ……」と鬱ツイートを目にするたびに(勝手に)板ばさみになることを何年も続けていたので、作家の葛藤や苦悩を題材に作品に昇華しただけでなくこれほどの作品になったことで、メタ的な視点も含めて「傑作」だと思いました。


 主人公は相沢沙呼ではなく千谷一也であって、相沢先生の本音がそのまま一也のセリフに反映されているわけではないのだろうけれど、読んでいるうちに虚構の叫びやもがきが(twitterを通してみせる)実際の叫びやもがきとオーバーラップして、虚と実の境目が分からなくなることで痛切さがどんどん増していって苦悩と葛藤に飲み込まれていく――であるからこそ、散々「人間が書けていない」とぼやくスペックの高さ(と反比例した口の悪さ)を持つヒロインの小余綾や小説家に憧れて(プロと知らずに)無垢に教えを請うてくる後輩の成瀬さん、大病で入院しているが口やかましくて小余綾の大ファンである妹の雛子といった人物造形やベタなラブコメイベントで過剰に物語を意識させられるつくりも面白い――この傷ついて屈折する過程とそこからの再生が過去作に比べても(連作短編と長編、ミステリか青春小説かといった語り方の差もあるのだろうけれど)丁寧に描かれて引き込まれたので終盤は息をつく暇もないほど魅了されました。作家一人ひとり、というか小説一作一作への向き合い方は様々なわけで、二人が小説に込める想いが絶対的な正義というわけではないのだけれど、だからこそ二人にはこの想いを込める道しかなかったんだと思えて胸が熱くなる。


 気になる点も(一也は素性明かしたくないから覆面作家をやっているはずなのにペンネームがほぼ本名ってどういうつもりだ? デビュー作が売れなくてなかなか文庫化されなかったと引け目を感じているけれど三年で文庫化って一般的というか「親本が売れない」って前提なら早いくらいじゃないの? など)それなりにあるけれど、それでもこの作品の輝きは減じない。


 デビュー作の「午前零時のサンドリヨン」をはじめ過去作を連想させる要素・場面も多く、これまでの集大成といえる一作。書きそびれましたが小余綾も魅力的で小余綾とのくすぐったい距離感もとてもよかったです。