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エトガル・ケレット「突然ノックの音が」

 突如現れた暴漢に話をせがまれ苦し紛れに「突然ノックの音が」と語りだすと本当にノックの音が聴こえ……(表題作)。キスのときに負った傷がきっかけで恋人の口にファスナーがあることに気付いた女性(「チクッ」)。などなど38の物語が入った掌編小説集。
 最後から二話目の「サプライズパーティ」を除けばすべて2ページから長くても10ページほどで終わるし、「サプライズパーティ」にしても20ページしかないので気軽に読めるなと思ったらこれがなかなかの曲者揃い。


 掌編小説ということもあってか、入口はどれも非現実的な要素や風変わりな行動をとる登場人物など奇妙で魅力的で強烈に心を掴まれる。この設定というか世界観の捻りも曲者で好きなのだけれど、曲者ぶりは設定(世界観)が提示された先に待ち構えている。
 38の小説のうちかなりの数、正確に数えたわけではないけれど体感で半分ぐらいの話は魅力的な入り口があってさあどうなるのか……と期待させたところで解決らしい解決をつけないで放り投げるように終わる――裏表紙に書かれた本谷さんの言葉を借りれば「さよならも言わずに去っていく」。
 なので「いや、オチわい!」(出来もしない関西弁)と読みながらつんのめりそうになったり、それどころか導入で示される奇妙な設定を大して掘り下げることなく進むこともざらで「展開わい! さよならどころか自己紹介すら満足にされてないぞ!」と悶絶することもしばしば。僕に読み解くための素養(文学的な教養であったり、あるいは作者のイスラエルで物語を書く精神への理解)がなくて込められた含蓄を読み落としているってこともあるんだろうけれど、煙に巻かれて終わってばかりだから話をどう咀嚼していいかわからずに戸惑いっぱなし。
 そしてさらに戸惑うのが、どう咀嚼していいかわからず戸惑いっぱなしなのに、読んだ後に必ず「面白かった」って感想(その意味合いは作品ごとで異なるけれど)が残ること。
 最後の一行を読み終えては「オチわい!」と叫ぶうちに放り投げられることが段々とクセになってきたのか、「設定」・「状況」が生み出す奇妙さだけで十分楽しいし、オチをつけない分、生の世界観でぶん殴られたような衝撃があって面白い(都合よく使ってるな)。こういう楽しませ方もあるのかと勉強になる。
 もちろん、センスと訳者あとがきで書かれているような丹念な作りこみがあるからできることで安易に真似したところで怪我するけれど(ましてやコントだし)、真似てみたくなる魅力的な物語の数々でした。
 衝撃が強かったので「さよならも言わずに去ってい」った話の感想ばかり書きましたが、起承転結というか明確なオチがある作品も体感的に半分ほどの割合であって、それらは読んだらまず安心するしわかりやすく楽しくて好きなんすが(「終わりのさき」のオチは悔しいけれど声出して笑ったし、「痔」のナンセンスなホラ話も楽しい)、去っていく話に慣れたせいで「表面上の楽しさだけ受け取っていいんだろうか? もっと抽象的なメッセージが込められているんじゃないのか?」と被害妄想じみた邪推をしてしまう(笑)。
 収録作の中では「嘘の国」、「健康的な朝」、「チクッ」、「青あざ」、「ポケットにはなにがある?」、「バッド・カルマ」、「カプセルトイ」、「ひとりぼっちじゃない」、「喪の食事」、「どんな動物?」あたりが特に好きでした。どうも刹那的な出会いやら喪失感やらセンチメンタルな要素がある方が好みみたいです。



 この一冊だけではありますが、小説を読むことで「あの素晴らしき七年」がますます魅力的に感じられるし、「~七年」を読んでいるからエッセイと小説で共通する「らしさ」を見つかるのも読んでいて楽しかったポイントでした。