秀でよ凡才

出でよ天才と言われても出ていけない男

   今後の予定




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文学フリマのお知らせ

 明日、11月11日に流通センターで行われる文学フリマにて第二展示場2階「し-67ブース」で「机上のエブリデイ・マジック完全版」というタイトルのテキストコント集を700円で頒布します。
 2020年に頒布した旧版に新作コント二作を加え、数え上げればキリがないほどあった誤字・脱字・セリフの抜けを極力修正したパワーアップさせました。極力なんてつけていることからも分かる通り、すでに見落としたミスを発見して偽りのある看板を作ってしまい前日にして激しく自己嫌悪に陥っておりますが、コントに関してはどの程度かはともかく面白いものを書いた自負はあるのでよろしければお立ち寄りください。
 以下、サンプルとして漫才「服屋の店員」の全文と残りのコントをダイジェスト風に公開します。

槍沢:はいどうも言霊連盟です。単独ライブ頑張っていきましょうね!
栃城:ちょっと質問があるんですけれど、服って着たことあります?
槍沢:はい?
栃城:服を着たことはありますか?
槍沢:開始早々なにを尋ねられているんですか僕は?
栃城:ありますか?
槍沢:ありますよ。見ればわかるでしょ! 今、僕のこと全裸に見えてます?
栃城:槍沢さんが今着ているものを服と認識していないかもしれないじゃないですか。
槍沢:どんなかもしれないを心配されているんだよ。
栃城:じゃあ、次の質問だけれど服を買ったことってありますか?
槍沢:だからどんな質問ですか?
栃城:最悪、万引きしたことがあるでもいいんですけれど。
槍沢:僕のことなんだと思っているんですか? 服に限らず万引きせずに買いますよ!
栃城:それは貨幣経済で?
槍沢:貨幣経済でだよ!
栃城:ていうことはこの世界には服を売っている服屋が存在していることも知っているんですね!
槍沢:さっきからなんなんですかこの回りくどさ! 知っていますよ服屋ぐらい!店員がいっぱい話しかけてくるところですよ!
栃城:うわ、話が早い! その服屋の店員が話しかけることで相談があるんですよ!
槍沢:そうだったんですか? じゃあさっさと言ってくださいよ。まどろっこしい。
栃城:これでかなり質問を省けたな。
槍沢:まだまだ経由地あったんですか? じゃあ、次は「そこには店員と呼ばれる人がいて……」とか?
栃城:「この世界には人間って生き物がいるんですけれど知ってます?」
槍沢:そんなところから! 一番根源的な質問じゃないですか!
   で、なんです? 服屋の店員がどうかしたんですか?
栃城:さっきも言ったけれど、服屋の店員って話しかけるでしょ。あれが苦手でね。
槍沢:ああ、わかりますわかります。
栃城:客としてはじっくり見たかったりそもそも買うか決めていないのに話しかけられても困るでしょ?
槍沢:そうなんですよね。
栃城:それにこっちも人見知りするし服のこと質問されてもわからないから答えようがないんだよね。
槍沢:わかるわかる。
栃城:でも、こっちとしても売り上げのためにお客さんに話しかけないといけないし、店長からいろいろ言われて大変なんだよね。
槍沢:ちょっと待って……。これ店員目線の話なの?
栃城:ええ。
槍沢:まぎらわしい言い方しないでくださいよ。え、栃城さん服屋さんで働いているんですか?
栃城:最近アルバイトを始めましてね。でも、なかなかうまく話しかけられなくて困っているんですよ。
槍沢:じゃあ、スッと言ってくださいよ。こんなに時間かけなくてよかったでしょ。
栃城:接客に慣れていないせいか話しかけたら百パーセント怒鳴られるんですよ。
槍沢:どんな客を相手にしてるんですか? 治安悪すぎでしょ。
栃城:怒鳴ったら逃げるように帰られてばかりで困ってるんですよ。
槍沢:辞めたら? 向いてないよその仕事。
栃城:そういうわけにもいかないんですよ。
   この半年間彼女のヒモやってきたけれど「いいかげん働いてよ」ってしつこくてさ
   それで彼女の知り合いが店長やっているお店で働かせてもらってるんですよ。
槍沢:とりあえずあなたがクズなのは分かりました。
栃城:ちゃんと接客できるように会話術の本も何冊か買って勉強したんですけれどね。
槍沢:まず服の勉強しましょうよ。服の質問されても分からないんでしょ?
   怒鳴られることの陰に隠れて店員としてあるまじき状況なわけでしょ?
栃城:で、今日は勉強の成果を見せたいんで槍沢さんに手伝ってほしいんですよ。
槍沢:じゃあ僕がお客さんやるんでちゃんと接客してくださいね。
栃城:お願いします。
槍沢:「新しい服を買いに来たけれどたくさんあって迷うな……」
栃城:「なにかお探しでしょうか?」
槍沢:「オシャレな服が欲しいんですけれどなにかあります?」
栃城:「オシャレ。と言いますと具体的にどのような服がオシャレだとお考えですか?」
槍沢:「具体的……。センスがいい服ですかね?」
栃城:「センスとは? センスの意味するものおよびそれがいいとされる服はどのようなものなのか定義していただけますか?」
槍沢:「定義って言われても……。こう、なんか女の子にモテる服がいいかな」
栃城:「ですから、その女の子とは? 女の子一人一人によって趣味嗜好は様々です。
   ガーリーなファッションが好きな人、下北のライブハウスや高円寺の古着屋が好きなサブカル女子、クラブに通うギャルとでは好まれる洋服も異なります
   ひとまず年代から絞りましょう。お客様が好かれたいと思う女性の年齢を教えてください」
槍沢:「えーと……二十歳から三十歳ぐらいかな」
栃城:「幅が広すぎますね。大人に足を踏み入れたばかりで自由を謳歌している女子大生と仕事を頑張ってきてそろそろ落ち着きたいと思っているアラサーのOLではおのずと好まれる洋服も……」
槍沢:ちょっと待てください! なんですかこの接客は! そりゃ怒鳴られますよ!
栃城:嘘!? ここまで怒鳴られてないからすごい順調かと……。
槍沢:相談に乗ってる手前、かなり気長に付き合いましたからね。もっと早く怒鳴るポイントありましたよ。
栃城:ああ、やっぱりそうなんだ。いつも第一声で怒鳴られるんだよね。
槍沢:本当にどんな客を相手にしてるんですか。で、この接客はなんですか?
栃城:「現役弁護士が教える絶対に言い負けない会話術」って本を参考にしたんだよ。
槍沢:参考文献間違ってません? 絶対に言い負けない会話術?
栃城:その本によると、議論の前には相手と言葉の意味をすり合わせる必要があって、
   すり合わせるときに相手が曖昧に使っている言葉があったら定義の説明を求めてボ
ロが出たら徹底的に叩くって書いてあったんだよ。
槍沢:接客をなんだと思ってるんですか! なんで客相手に論戦吹っ掛けるの? 嫌でしょそんな朝生みたい服屋。
栃城:別に田原総一朗は来店しないよ。
槍沢:田原総一朗がいるからって朝生みたいだとは思わないよ。うわ、プライベートの田原総一朗だと思うだけだよ。とにかくこんな接客じゃダメですよ
栃城:ダメですか……。自然に使えるよう日ごろから取り入れているんだけれどね。
槍沢:……あれ? もしかしてさっきやたらと質問攻めしていたのって?
栃城:本を参考に定義の確認をしました。
槍沢:真に受けるにしても限度ってものがあるでしょ。その弁護士も服を知ってるかまでは確認しないでしょ。
   じゃあ、おかしいところあったら指摘するから一人で演じてみてくださいよ。
栃城:わかりました。
槍沢:あと、さっきの弁護士の本は絶対に参考にしないで。他にも買ってあるならそれを参考にしてくださいよ。
栃城:「いらっしゃいませ。犬っているよね」
槍沢:ん?
栃城:「よく、犬は人類最古のパートナーって言うけれどさ、
   同じ地球に生きている以上、そこに優劣をつけたらいけないよね。
   犬は人と全く同じように接して、同じように扱うべきだと僕は考えているね。
   ……ねえ、キスしてもいいかい?」
槍沢:なんの話だ! 犬云々の長広舌も口説き文句も! 接客どこ行ったんですか!
栃城:だって本にこう喋れって書いてあるんだよ!
槍沢:じゃあ、出典元に問題ありだよ! 今度はなにを参考にしたんですか!?
栃城:「続・超人気キャバ嬢のオトし方」
槍沢:なにを参考にしてるんだよという以前に、なにを買ってるんですかなにを!
栃城:半年ぶりの待望の新刊なんだよ。
槍沢:知らないですよ前がいつ出たとか待ち望まれていたとかは。
   というか、参考にするのは大目に見るとしてどこを参考にしたんですか?
栃城:「キャバ嬢は犬を飼っているから犬を誉めれば絶対オチる」って教えだよ。
槍沢:雑なアドバイスだな! アドバイスっていうかただの偏見じゃないですか。
栃城:本に載ってる例文全部読み上げてみたんだけれど、どうかな?
槍沢:なにキャバ嬢のオトし方を接客にベタ移植してるんだよ。
   ちょっとは手を加えてくださいよ。例文そのまま使って褒められるの井上ひさしの小説ぐらいですよ。
栃城:そうだよな。これだとキャバ嬢がオチても接客は上手くいかないもんな。
槍沢:キャバ嬢もオチないよ。犬への博愛主義語られてキスするキャバ嬢いないでしょ。
栃城:でも、基本的なテクニックなんだよ。前作にも同じこと書いてあったんだから。
槍沢:使いまわしあるんですか。
栃城:ここだけじゃなくて九割がた前作と同じ内容だったよ。
槍沢:栃城さんが無駄金使わされただけじゃないですか。
栃城:でも、このアドバイスは正しいんだよ。キャバ嬢はみんな犬を飼っているから……
槍沢:そこからして偏見なんだよ! 小型犬で寂しさを癒してそうって偏見なんですよ。
栃城:この本によるとキャバ嬢の犬を飼っている率は三百パーセントなんだよ!
槍沢:なにその頭の悪そうな統計?
栃城:キャバ嬢は一人平均三頭の犬を飼うから三百パーセントになるんだよ。
槍沢:昔の代アニか! 経営陣が替わる前の代アニのCMか!
   今のうちに確認しておくけれど他にどんな本買ったの?
栃城:「メンタルを鍛える心の対話」
槍沢:自己啓発本? 内面との対話であって対人は想定してないでしょ。
栃城:「みんなが楽しい! おもしろ雑学三百連発」
槍沢:会話術……? まあ、話のタネにはなるだろうけれど。
栃城:「筋肉を作る最高の食事」
槍沢:いよいよ会話術関係ない! なんですこのラインナップ。
栃城:「絶対トクする財テク裏ワザ大公開」
槍沢:全部コンビニで揃えたでしょ。全部コンビニに置いてあるペイパーバックでしょ。
栃城:あと「島耕作」の総集編。
槍沢:コンビニコミックスね。
栃城:ベッドシーンだけ集めたやつ。
槍沢:そんなのあるの!? そこだけ読みたいニーズがあるんだ。
栃城:あと「ビッチが大集合」とか書いてあるムック本。
槍沢:なに買ってんだよ!
栃城:参考になるかと思って!
槍沢:そんなもんが参考になる接客業があってたまるか。キャバ嬢といい島耕作といい栃城さんゲスな本買いすぎでしょ。
栃城:でも、いきなりプッシーがどうとか書いてあったからすぐに読むのやめたけどね。
槍沢:読もうが読むまいがそんなものに銭出した時点で軽蔑してますからね。
栃城:だからこれは参考にならないんだけれどね。
槍沢:別に熟読したところで得るものはなかったですけれどね。
栃城:他の本から学んだ知識で接客の練習するから見ていてくださいよ。
槍沢:あれ? 結局、会話術の本買ってないですよね? 大丈夫ですか?
栃城:「いらっしゃいませ。服って着たことありますか?」
槍沢:なんでここにきて漫才の最初に戻るの? みんな服着ているから確認しなくていいよ!
栃城:裸で来店するお客さんだっているかもしれないから確認しないと。
槍沢:どんな可能性を考慮してるんですか。
栃城:大体、半分弱は裸で来るよ。
槍沢:そんなわけないでしょ。なにを根拠にはじき出した推測ですか。
栃城:それに島耕作だってずっと裸だしさ!
槍沢:ベッドシーンだからだよ! そこしか読んでないからあらぬ誤解を植え付けられるんだよ!
栃城:仮に服を着ていたとしても服だと認識していない可能性だってあるわけだから質問はしていいでしょ。
槍沢:捨てきっていいよそんな可能性! その可能性のためにどれだけ無駄なやり取りするつもりなんですか。
栃城:ダメだよ! 「どんなにわずかでも可能性がある限りあきらめてはいけない」って心の対話に書いてあったんだから!
槍沢:どこに学んだ結果なんだよ! 教えの捉え方間違ってますよ。
   いいですよ、もう。みんな服着てるからそんな質問する機会ないし。ちゃんと接客の練習してくださいよ。
栃城:「いらっしゃいませ。サランラップのサランって、開発者二人の妻の名前、サラとアンから取っているんですよ」
槍沢:唐突に雑学を挟むな!
栃城:「雑学言いますね。あさりって人が漁って獲るからあさりって名前になったんですよ」
槍沢:断ればいいってもんじゃないんですよ。服の話をしてくださいよ!
栃城:「学ランのランってなんのことか知ってます?」
槍沢:そういうことじゃない!
栃城:「江戸時代は洋服のことをオランダの服ってことで蘭服って呼んでいて、学生用の服だから学ラン」
槍沢:ずっと「へえ、そうなんだ」で終わりですよ。服屋の店員さんなんだから服を勧めてくださいよ。
栃城:「サランラップのサランって、開発者二人の妻の名前、サラとアンから取っているんですよ」
槍沢:なんで雑学のリピート放送してるんですか。
栃城:「サランラップといえばシースルーの服ですよね。シースルーの服ですとレインコートがございまして……」
槍沢:セールストーク下手だな!
   サランラップといえばシースルーの服? そんな連想ゲーム成立しないよ!
   でもって、シースルーの服で勧めるのがレインコート!?
栃城:店にある服で一番シースルーなのがレインコートだから。
槍沢:じゃあ、シースルーをマクラにするの諦めなよ。
   とりあえず雑学の本参考にするのやめてください。
栃城:みんなが楽しいのに!? まだ二百九十七連発できるのに!?
槍沢:みんなが楽しめない連発の仕方方なんですよ。
   いきなりサランラップの雑学を話されてもお客さん困るでしょ。
栃城:そこは自然にサランラップの話を切り出せるタイミングを見計らうよ。
槍沢:訪れます? そんな瞬間? とにかく雑学の本はもう使わないでくださいね。
栃城:「いらっしゃいませ。島耕作で一番いい女って誰だと思います?」
槍沢:だからって島耕作を掘り下げるなよ。
栃城:「島耕作って野球だとどこのポジション守ってると思います?」
槍沢:もしもで島を弄ぶなよ。なんなんですこの話題。
栃城:「土佐丸高校との対戦が一番燃えましたよね」
槍沢:あなた、「ドカベン」も買ったでしょ! コンビニコミックスの!
栃城:買ってないよ!
槍沢:じゃあ、なんで土佐丸高校なんて単語が出てくるんですか!
栃城:さっき言ったじゃん! 犬誉めたらオチるって!
槍沢:キャバ嬢のオトし方かよ! 別に土佐丸高校ほめても犬誉めたことにはならないからね。
   栃城さん、全然できてないですよ。これじゃいつまで経ってもお客さんに怒鳴られて終わりですよ。
栃城:そっか……。じゃあ、怒鳴られたときの対処法練習するんで見てもらえます?
槍沢:今、怒鳴られないように練習しているんじゃないんですか?
栃城:でも、やっておいた方がいいんだよ。
   さっき「どんなにわずかでも可能性がある限りあきらめてはいけない」ってあったけれど、それと同じで「どんなにわずかでも可能性がある限り」対策は考えた方がいいんだって。
槍沢:怒鳴られるのはかなりの高確率だと思いますけれどね。
   まあ、とりあえずやってみてくださいよ。
栃城:「いらっしゃいませ。服って着たことあります?」
槍沢:それは確認するんですね。
栃城:「うわあ! 怒鳴られた! ……なんでこんな目に。ありがとうございます! ひどいお客さんだなあ。ありがとうございます!」
槍沢:……なんですかこれは?
栃城:「辛い」とか「許せない」みたいなネガティブなことを考えたらずっと引きずって落ち込んじゃううんで、
   最後に「ありがとうございます」ってつけると、気持ちを切り替えられるって「心の対話」に書いてあったんですよ。
槍沢:だから内に秘めておくものなんだよ!最後はひどいお客さんだって言っちゃってるし! 別の方法ないんですか?
栃城:「いらっしゃいませ。服って着たことあります?
   うわあ! 怒鳴られた! (ポケットを探って取り出すマイム)ささみ食べますか?」
槍沢:栃城さん、せめて理解しようと試みるとっかかりはくださいよ。
   どういう思考回路なら怒鳴られたあとに鶏肉をレコメンドできるんですか?
栃城:お客さんの機嫌を取るためのプレゼントですよ。
槍沢:取れるわけないでしょ。
栃城:心の対話に書いてあったんですよ。
   理不尽なことをされても、相手に事情があったんじゃないかと考え理解することで寛容になれるし対処方法も考えられるって。
   で、相手の立場になって考えたら、お腹が空いて機嫌が悪いんじゃないかと。
槍沢:そんな単純な事情ですかね? だとしても、ささみじゃなくたっていいでしょ。
栃城:ささみは質のいい筋肉を作るのに必要だからですよ。
槍沢:そういや「筋肉のための食事」の本も買ってましたね!
栃城:ささみなら絶対喜んでくますよ。
槍沢:絶大な信頼おいているところ悪いけれど、怒鳴られたあとに裸のささみ渡しても効果もないでしょ。
栃城:裸じゃないよ! ちゃんとラップに包むよ!
槍沢:どっちでもいいよ! 包んでいるかどうかが論点じゃないから!
栃城:で、その流れで「このささみを包んでいるのはサランラップですが、サランラップのサランというのは開発者の……」
槍沢:行けるか! サランラップの話ができるタイミング見計らってるんですよね? そのうえでこれ!?
栃城:たしかに難しいよね。この前、一回試したんだけれどさ。
槍沢:すでに実戦投入済みなんですね。
栃城:ささみを食べられたあとに怒鳴られて帰られちゃったよ。
槍沢:メインの客層蛮族ですか? 怒鳴りのささみサンドって怖すぎでしょ。
栃城:渡したのがささみじゃなかったら上手くいったのかな。なにかいいアイディアありませんか?
槍沢:あるわけないでしょ。怒鳴られたお客さんが相手じゃなに渡しても無駄ですよ。
栃城:そんなこと言わないで、なんでもいいから言ってみてよ。
槍沢:じゃあ、カルシウムが足りないってことで牛乳でよくないですか。
栃城:ああ! 牛乳! なるほどね!
槍沢:この投げやりのどこに感銘受たんですか。
栃城:いいね、いいね! 乳製品は考えなかったな。他にもなにかない?
槍沢:だからないって! さっきも言ったけれどその状況からの逆転は無理だから。
栃城:それでもいいから、なにか言ってみてよ!
槍沢:温度差感じてくださいよ。……じゃあ、チョコでも渡せばいいでしょ。
栃城:……いやいやいや、チョコはない!
槍沢:なんなんだよ! 牛乳は好感触でチョコは嘲弄って、このゲームの勝利条件はなんなんだよ!
栃城:それぐらいは常識ですって。
槍沢:なんでささみ渡してる人に常識解かれないといけないんですか。
   それより接客の練習ちゃんとしましょうよ! あと、「財テクの本」全く読んでないでしょ! 一回も話題に出てきてない!
栃城:読んだけれどよくわからなくてさ。お金の管理は彼女に任せればいいかなって読まなくなっちゃった。
槍沢:せっかく働き始めたんだからちゃんと考えましょうよ。
   栃城さん、一回自分から話しかけるの諦めましょう。お客さんに質問されたときちゃんと答えられるかってところから始めましょう。
栃城:「これの大きいサイズありますか?」とかですか?
槍沢:まあ、そういう初歩的なところでもいいですよ。
栃城:なら大丈夫ですよ。サイズが小型・中型・大型のどれか確認して在庫調べればいいだけですから。
槍沢:S・M・Lでいいでしょ! 小型大型って車か犬じゃないんだから……。
   またキャバ嬢のオトし方! 犬と人間を対等に扱うってあったけれど、なんで人間を犬に寄せてるんですか!
栃城:別にそういうわけじゃ……
槍沢:とりあえずそこは言い回しだけ変えてくれれば大丈夫ですよ。
   もうちょっと具体的に「この服に合うアクセサリーあります?」って質問されたらどう答えますか?
栃城:アクセサリーか……。首輪でも勧めますね。
槍沢:チョーカーって言ってよ! 首輪って変なプレイにしか聴こえないよ!
栃城:変なプレイじゃないよ! リードをつけて散歩するための首輪だよ!
槍沢:変なプレイじゃねえかよ! 首輪つけて散歩って犬じゃないんだから!
栃城:犬だよ。
槍沢:…………犬?
栃城:僕が働いているのは犬の服の専門店なんですよ!
槍沢:はあ!? なにそれ!?
栃城:セーターとかTシャツとか着ている犬いるでしょ? ああいう服を売っているの!
槍沢:最初に言えよ! 前提全部変わるぞ! 犬が相手なら相手が犬らしく語れよ!
栃城:でも、犬と人間は対等に扱うべきだって本に……
槍沢:どれだけその言葉から影響受けてるんですか! というか、なんで犬だって言わなかったんですか!
栃城:ほら! やっぱり参考になったじゃないですか!
槍沢:……なにがですか?
栃城:「まず言葉の意味をすり合わせて使い方の曖昧な言葉は定義を訊け」っていう弁護士の教えだよ!
槍沢:服屋の定義が曖昧だなんて考えるか! とにかく、一回ちゃんと説明して。
栃城:じゃあ、最初から説明すると来店するお客様の半分弱は裸で来てるんですよ。
槍沢:この裸で来る客って……?
栃城:飼い主に連れられた犬のお客様ですよ。
槍沢:そういうことかよ! そりゃ犬なら裸だろうよ!
栃城:で、そういうお客様には服を着たことがあるか質問するのよ。
   犬種によっては服を着ることで体温の調節が上手くできなくなったりストレスになるお客様もいるからね。
槍沢:ちゃんとした理由での質問だったんですか。
栃城:でも、質問の仕方が悪いのか「ワンワンワン!」って怒鳴られてさ。
槍沢:犬に質問してるのかよ! それ吠えられてるんだよ!
栃城:しょうがないから飼い主のお客様に質問しようとしたら逃げるように帰られてさ。
槍沢:逃げてるんだよ! いきなり犬に質問する店員が怖くて逃げてるんだよ!
栃城:で、この前、機嫌を取るために怒鳴ったお客さんにささみを出したんだけれどさ。
槍沢:犬相手だったからかよ! 犬なら喜ぶって打算のささみなのかよ!
栃城:犬のお客さんは食べてくれたんだけれど、飼い主のお客さんから「なに食べさせてるんですか!」ってすごい怒鳴られてね。
槍沢:そりゃ怒鳴るわ! 人の愛犬になにやらかしてるんだよ!
   ていうか、一回目と二回目で怒鳴ってくる相手別だったんですか。
栃城:ささみがいけないのかなって、さっき別のもの考えてもらったんですよ。
槍沢:ささみの問題じゃないですって。
栃城:そうしたら牛乳はいいとしてもチョコって……。
   犬にチョコあげちゃいけないことぐらい常識じゃないですか!
槍沢:犬を飼う人の常識で呆れられてたんですか。
栃城:で、盛り上がるかなと思って「みんなが楽しい! おもしろ雑学三百連発」を話したんだよ。
槍沢:そのみんなに犬は入ってないよ。
栃城:他にも話題になるかなと思って「ビッチが大集合」ってムック本も買ったのにさ。
槍沢:本来の意味でかよ! 本来の意味を期待したのが購買理由かよ! 誰が文字通り「雌犬」の話が書いてあると思うんだよ。
栃城:なのにいきなりプッシーとか書いててさ。猫の話は必要ないんだよ!
槍沢:そっちも本来の意味で捉えたのかよ! 別に子猫の話は一言も書いてないよ!
栃城:あらかた説明したんでもう一回相談しますけれど、どう接客したらいいですか?
槍沢:どうって、まずキャバ嬢のオトし方の「犬と人間は対等に扱え」って教え無視しましょう。
栃城:いいの!?
槍沢:いいよ。無視して、差をつけましょう。
栃城:差をつけろって言われても、犬を見たらタコ殴りになんてできないよ!
槍沢:そんなことは言ってないよ!
栃城:だって、いきなり差をつけろって言われてもわからないもん。
槍沢:だからって動物虐待は対応が極端すぎだよ。
   差って言うか、質問するのは犬じゃなくて飼い主だけにしましょう。そうしたら問題全部防げるから。
栃城:それだけでいいの!? うわあ、相談してよかった!
槍沢:これぐらい自力でたどり着いてくださいよ。あれだけ買った本全部無駄じゃないですか。
栃城:そんなことないよ。ちゃんと役に立ったよ。
槍沢:なににですか?
栃城:だって僕の彼女、超人気のキャバ嬢だからさ。
槍沢:前作でキャバ嬢オトしてたのかよ! いい加減にしろ!
二人:ありがとうございました。

本屋

槍沢:気になる本ね……。(平台に近づき手に取るマイム)これとか面白そうですね。
栃城:ああ、いいですね。実力派として知られる著者の力作で帯に書いてある「デビュー作を超える衝撃の最新作」に偽りはないですね。
槍沢:へえ、読んでみようかな。
栃城:ただこちら「三作目には及ばない衝撃の最新作」でして、「その三作目をもしのぐ最高傑作の五作目」もあって、
   さらに「五作目の半分しか評価されていないけれど全体から見れば上の方の八作目」もありまして、「その八作目よりは五ランク上回る衝撃の最新作」って評価ですね。
槍沢:(手を上下に動かして並べ替えるマイム)パズルか! 言われたそばから面白い順に並べていって……頭、パニックになりますよ!
栃城:お客様、誰も「マッチ棒を動かして正しい式を作れ」だなんて一言も言っていません!
槍沢:そういうパズルは想定していないからね! で、最高傑作が五作目だっけ?じゃあ、それ読みますよ。
栃城:お客様……。ですがそちらの作品はシリーズになっておりまして、
   いきなり五作目から読んでも「悪くはないけれどキャリアの中では下の方にあたる十二作目」と同じぐらいしか楽しめず、
   ちゃんと面白さを味わうには「八作目よりもやや下回るけれどワーストの七作目よりも八ランク出来がいい二作目」を読んでいただく必要がありまして……
槍沢:だからパズルやめろ! わかんないよ情報出されても!
栃城:お客様、誰も帽子を使ったテトリスの話はしていません。
槍沢:だからそういうパズルは想定してないんだよ。落ち物パズルにしてもなんでよりにもよってハットリスなんだよ!


コピーバンド

栃城:……なるほどね。
槍沢:すみません、ちょっと熱くなりすぎちゃって。
栃城:センスあるね。
槍沢:あ、ありがとうございます。
栃城:俺、センスあるねえ!
槍沢:え?
栃城:今の話聴いてさ、やっぱり俺センスあるなって。
槍沢:……なんで自画自賛を?
栃城:そんなバンドをコピー元に選んだってことはセンスがあるってことでしょ。
槍沢:いやいや、そりゃ好きだから選んだんでしょ! 栃城さんのPAWNS語りも聴かせてくださいよ! どの曲が好きなんですか?
栃城:そんなのないよ。ていうか、このバンド聴いたことないんだよね。
槍沢:はい?
栃城:だから、このバンドの曲は一回も聴いたことがない。それなのにコピー元に選んだ俺のセンスがすごいってこと!
槍沢:……え? え? 聴いたことない? でもコピーバンドやる? え、なんで?


夢診断

槍沢:なるほどな。心配なのもわかるけれど、人を殺す夢っていうのは案外悪い意味じゃないんだよ。
   その殺した人との間に「新しい関係を築きたい」って考えているのがそういう夢になることもあるからな。
栃城:そうなの?
槍沢:ああ、殺すことに「今までの関係をリセットしたい」って深層心理が表れているんだよ。
栃城:……ああ、そうだったのか。
槍沢:まあ、説は色々あるけれどな。全部この解釈でいいってわけでもないし。
栃城:でも、悪い意味とは限らないって言ってもらえただけで安心したよ。
槍沢:ならよかったよ。ところで、その夢で殺している相手って誰なんだよ?
栃城:お前だよ。
槍沢:え、俺?
栃城:そうだよ。そうかー! 俺はお前と新しい関係を築きたかったんだな!
槍沢:え、俺!?
栃城:そうだよー! すげえ恐かったんだよ。なんせいろんな殺し方したんだからな!
槍沢:知らねえよ! 知らねえし知りたくねえよ! 夢での死に様なんぞ!


師匠越え

栃城:ついに師である私を越えたな。この幻玲拳、新たなる継承者はお前だ。
槍沢:私が……。勝った……。
栃城:おめでとう。(拍手する)よくやった。
槍沢:これも師匠のおかげです。さっそくですが、師匠。幻玲拳の奥義を伝承してもらいたい。
栃城:(拍手のテンポが早くなる)よくやった。うん。いやあ、実によくやった!
槍沢:師匠?
栃城:(槍沢の手を力強く握る)本当、お前はすごいよ!
槍沢:(手を振りほどいて)師匠!
栃城:なんだ?
槍沢:なんですかこのノリ? すごい喜んでますけど?
栃城:だって、めでたいことだろ! 喜ばなくてどうするんだ!
槍沢:弟子に負けたんですよ……なんか、こう……プライドとか!
栃城:いや、だって入門したときのお前ときたら心身ともに未熟でなあ。それからよく成長したよ。感動したよ!
槍沢:感動……。


作家と編集

槍沢:特に登場人物の一人に山本っていますけれど、出てくるたびに山本、山崎、山田って名前変わっていますよね。
   作者も把握できていないくらい影薄いってどういうことですか。こういった犯人以外のキャラ付けを練り直して(原稿を手渡す)また読ませてください。
栃城:(原稿を返しながら)直しました。
槍沢:は?(原稿をテーブルに置く)
栃城:ですから、原稿を手直ししました。
槍沢:なにを言ってるんですか?
栃城:山本の名前がコロコロ変わるのはミスじゃなくて、山本の親が再婚と離婚を繰り返していたんですよ。そういうキャラ付けです!
槍沢:なんですその無理矢理なキャラ設定! だとしても一言も出てないのにキャラ付けもないでしょ。
栃城:裏設定ですから。
槍沢:裏でそんなことやられても伝わらないですよ!
栃城:でも、裏設定で作りましたから。
槍沢:途中、作中時間で五分のうちに山本、山田、山本って出てきますけれど、これも?
栃城:はい。離婚と再婚の結果です。
槍沢:なんなんだその親は! ギネスでも狙ってるのか!?
栃城:あ、いいですね! それも裏設定に加えましょう!
槍沢:勝手に取り入れるなよ!
栃城:なんだったそのスピンオフも書きましょうか?
槍沢:いらないよ! 本編も出せる出来じゃないんだから!
   それに問題は山本だけじゃないからね。女子高生三人組が出てきますよね。いつも三人一緒に行動する。
栃城:ええ。なにか問題ありました。
槍沢:二人しか喋ってないんですよ! 三人もいるのに!
   ミステリの読者って疑いながら読むものなんですよ、これだと「なにか会話できない事情があって、それが真相に関係するのかな?」とか、
   「叙述トリックでも仕掛けているのかな?」とか、なんなら「実は一人は幽霊て主人公にしか見えない存在なのかな?」とかまで考えますよ。
   それがただのミスだったら落胆もいいところだから。ちゃんと三人目の存在意義が出るように(原稿を手渡す)直してください。
栃城:(原稿を返しながら)直しました。
槍沢:だから、直してないじゃん。また裏設定?


破門

槍沢:昔からおまえさんの実力も人間性も買っていたんだが残念だ。
   大方、女にでもうつつを抜かしたんだろう。腑抜けた落語をしやがって。
栃城:そんな、いくらなんでも破門することはないじゃないですか。
槍沢:口答えするな。この世界、師匠の言うことは絶対だ。
   この瞬間を最後に弟子でも師匠でもなくなるが、最後の瞬間まで師匠に従うのが弟子なんだよ。
栃城:だからって……破門だなんて逆恨みじゃないですか!
槍沢:おかしなことを言うな。私怨で破門にする? いつおまえさんが私の恨みを買ったっていうんだい。
栃城:綾子さん……。師匠のお嬢さんと付き合っているからですよ!
槍沢:…………え? 付き合ってる?
栃城:ええ、綾子さんと僕は将来を誓い合った恋人だったんすよ!
槍沢:え、え? 娘と!? おい、初耳だぞ! どうなってるんだ!
栃城:そうだったんですか。でも、もういいです。終わったことですから。(立ち去ろうとする)
槍沢:よくない、よくない! 話を聴かせろ!
栃城:この瞬間から弟子でも師匠でもないんでしょ! 関係ないですよ!
槍沢:今は父親として! 父親として問いただしている!
栃城:もう終わったことですよ!
槍沢:今、始まったこと! 父親としては今始まったことだから!
栃城:そっちももう関係ないですよ。ついさっきフラれたんですよ!。
   「あなたは私よりも落語が好きで、落語がなきゃダメな人。相手が落語じゃ嫉妬もできないよ」って。
   ……親娘で言ってることが真逆じゃないですか!
槍沢:……大変なことになっているんだな。


机上のエブリデイ・マジック


栃城:小二のとき考えた「エスパーロボットスーパーズ」の主人公は?
槍沢:栃城光策。
栃城:小三のとき考えた「牙神の拳士」の主人公は?
槍沢:栃城光策。
栃城:小四のとき考えたギャグマンガ「天晴れ!論平」の主人公は?
槍沢:栃城光策。
栃城:中三のとき考えたダークファンタジー漫画「ネメシスの血脈」の主人公は?
槍沢:栃城光策。
栃城:十六歳のとき新本格ミステリにドップリ漬かった影響で考えた「芸人探偵栃城光策」の主人公は?
槍沢:栃城光策。
栃城:ビームやハルタに載りたい、ていうか志村貴子みたいな漫画が描きたいと思って考えた、想像妊娠した女子中学生の繊細な感情を描くつもりの漫画「未完の胎児」の主人公は、さすがに女子中学生ですが、繊細な感情なんて描けるはずもなく頓挫して、しょうがないので想像妊娠をするに至った経緯を解き明かすミステリにしようと、一作も描いたことのないミステリに路線変更をした際、いずれ考えるつもりの真相を解きかすために登場させるつもりで探偵役に選んだのは?
槍沢:栃城光策。
栃城:そう、その通り、全部俺です! バトルものの主人公も片想いに悩む奥手な中学生も芸人兼名探偵も幻の花を探して世界中を旅する吟遊詩人も売れない劇団員も売れないミュージシャンも売れない小説家も全部俺です!