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倉知淳「月下美人を待つ庭で 猫丸先輩の妄言」

月下美人を待つ庭で (猫丸先輩の妄言)

月下美人を待つ庭で (猫丸先輩の妄言)

  • 作者:倉知 淳
  • 発売日: 2020/12/21
  • メディア: 単行本
 シリーズの単行本としては十五年ぶりとなる「猫丸先輩シリーズ」最新作。十五年の間にデジタル機器やSNSが急速に発展し喫煙できる場所がどんどん減って家電に弱くてヘビースモーカーの猫丸先輩には住みづらくなっただろうけれど、どこ吹く風の飄々とした変人ぶりは見参。しれっとスマホSNSが出てくる調整は入りつつも、作風は変わらない。
 その変わっていない作風が「日曜の夜は出たくない」や「幻獣遁走曲」ではなく「猫丸先輩の推測」と「猫丸先輩の空論」なのがポイント。創元推理文庫で刊行された際にサブタイトルになった「推測」、「空論」に続いて今回は「妄言」。順調に……という形容が正しいかはさておき、説得力が薄れていくサブタイトルにたがわぬ妄言のオンパレード。「妄言」ではなく「与太」という方がふさわしいぐらい。
 三題噺のようにいくつかの謎と人間心理の妙を組み合わせていくところや倉知さんらしいさりげない伏線など見どころはしっかりあるとはいえ、推理の根拠や説得力に乏しかったりそもそも猫丸先輩にまともに解く気がなかったりするので冴えわたるロジックやサプライズなどを期待すると肩透かしになるかもしれませんが、猫丸先輩の魅力もあって普通の本格ミステリでは味わえない妙なおかしみがあって個人的には割と好きです。以前の作品と比べるとユーモアの部分に俗っぽさが増えたのは若干気になりますが(笑)。
 この妙なおかしみがなにに近いかというと「落語」で、デビューのきっかけになった「五十円玉二十枚の謎」の解決編に送った投稿作に「千早振る」を引き合いに出されて評されていたけれど、そのときの謎をホラ話で呑み込んでしまう落語っぽさをとてつもなく拡大させたのがこの短編集に収録された各作という印象でした。
 もう一作読みながら連想したのは「日曜の夜は出たくない」に収録されている某作。そこで語られる推理は科学的にあり得ないもの(僕は科学まったく分からないので人の指摘を見るまで「ほえーすげー」としか思ってなかった)ですが、その推理は猫丸先輩が酒席で行われた雑談の流れで披露したもので、正しいか正しくないかは別として猫丸先輩がホラ話で第三者を丸め込むのはこの頃からやっていたと前々から思っていたこともあってその某作の持ち味をとてつもなく拡大させたのもこの短編集に収録された各作という印象でした。
 デビュー作には作家の全てが詰まっているとはよく言われる言葉ですが、二つのデビュー作を煮詰めた先にいるのが今の猫丸先輩シリーズですでに怪作に半身を突っこんでいるけれどこの路線でどこまで行きつくのか見届けたくもあり、他の作品のようなテイストも読みたくもあり。なんにせよまたふらりと現れてくれるのを待っています。