秀でよ凡才

出でよ天才と言われても出ていけない男

   今後の予定




   チケットの予約・取り置き希望はsugitamasataka@gmail.comまで

キム・ホンビ「女の答えはピッチにある 女子サッカーが私に教えてくれたこと」

女の答えはピッチにある:女子サッカーが私に教えてくれたこと

女の答えはピッチにある:女子サッカーが私に教えてくれたこと

  • 作者:キム・ホンビ
  • 発売日: 2020/07/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 にしても34歳である。来月誕生日だから事実上35歳、早生まれだから事実上36歳といっても過言ではないし、年齢を意識するときは実年齢に一歳足すのが習い性になっているので、気持ちの上では今日現在で37歳ぐらいに思っている。なにかを始めるのに遅すぎることはないとはいえ、始める前から費やせる時間を計算してげんなりする年齢を迎えている。
 キャプテン渡辺さんの漫談で「『でも誰々は何歳で売れたから』と言っていたけれど、その年齢を追い越してきたので最近では四十過ぎで売れた役者とかを探す作業に入っている」(うろ覚えにつき大意です。すみません)とあったけれど、もはや僕は「売れた」にすらすがれない。だって売れた人は「積み重ねた」や「続けてきた」のだから。
 そういうわけで、僕ぐらいの齢でなにかを「始めた」人の話にすがりたい。それも、それまでの人生の地続きではなく未経験の世界に飛び込んだ人の話にすがりたい。と渇望していた矢先、書評家の倉本さおりさんが取り上げていて帯も津村記久子さんだし読まなくてはと手に取ったのが本書。


 三十代・未経験でアマチュア女子サッカークラブに入団した著者の一年間を綴ったサッカー奮闘記。韓国の事情を知らないので、女子のアマチュアサッカーとなると韓国内においてどんな認識なのか想像しようがないので、前半にある「韓国でサッカーというスポーツがどれほど女性と距離があるか」(26~27ページ)という一文に「そうなの!?」軽く衝撃を受ける。
 それぐらい理解が低いので著者の心境や意図を100パーセントで汲み取れてはいない――なにせ訳者あとがきで紹介された韓国の出版関係者の言葉として「韓国で女性がサッカーの本出すって、それだけですごい勇気なんですよ」とあるぐらいだし――のだろうけれど、初心者から徐々に技術を身に着けていったりチーム内外のプレイヤーの交流(ときに心ない反応も含めて)を通してサッカーへの愛を深めていくのが楽しいし、世間的にはマイナーと思われている趣味に邁進する力強い姿に読みながら衝き動かされる。
 何度か語られるように漫画じゃないから劇的な成長やドラマがあるわけではない。地道に練習を重ねて技術を身に着けたり、失敗しては反省したり学んでいく過程は劇的なことがなにもないはずなのに語りが抜群に面白いこともあって手に汗握るほどのめりこむし胸が熱くなった。


 いきなり練習試合に出されることになった戸惑いとそこでマークすることになったシニアチーム選手とのやりとり、「オーバーラップ」の熱さ、「アウトサイドドリブル」や「リバウンド」のエピソードトークとしての完成度、「スローイン」の葛藤、「WKリーグ」の試合終了直前に起こったことから観戦後の車中の様子……などなど、喜怒哀楽のいずれもで好きで心に残った個所はたくさんあるけれど、「みんな、ホントにとどまるところを知らない。女子にもアマチュアサッカーがあるのかないのか、女子はサッカーが好きか嫌いか。そんなことに全く無関心な社会のそこかしこで、必死の思いでリハビリし、ようやくまた仲間に戻り、サッカーができなくて具合が悪くなり、サッカーを覚えるだけでは足りず審判になる準備をし、誰に命じられたわけでもないのにもっとうまくなりたいと毎日毎日練習を続けている」(234ページ)この一文と訳者あとがきで引用されている原著についたチョン・セランの推薦コメントが「始めた人」の物語にすがりたかった身として特に心に残ったし、最初から最後まですがりたいから手にした自分の邪さをブチのめされ続けました。


 来月で実年齢で35歳、気持ちの上では38歳になりますが、いずれ「積み重ね」や「続けた」にするために「始めた」に手を出してみます。なにを始めるかはこれから考えますが。